その時−
今回は、今日の授業が終了した午後3時30分を「その時」としまして、みなさんと一日を振り返っていきたいと思います。
平成19年(2007年)1月19日−
hime氏と飲みに出かけ、夜眠りについたのはなんだかんだで翌20日午前2時ころのことでした。
明けて平成19年(2007年)1月20日。
午前6時に起床し温泉に浸かりました。
ここで昨夜飲んだ酒が、ほのかに残っているのを確認します。
それでも早起きできて、いい湯に浸かり、最高の一日の始まりでした。
授業終了まで、あと8時間のことです。
本日はバイトと財政学の授業がメインイベント。
8時半からのバイト中、睡魔がそこまで迫ってきていることを察知します。
この風雲急を告げる事態に、内心不安になりました。「今日一日、乗り切れるだろうか?−」
授業終了まで、あと6時間−
辛くも、うたた寝という失態を逃れましたが、本当の戦いは、これからだったのです。
バイト後、急いで学校へ移動しました。
しかし、前のバイト終了時間が遅れたために、授業はやや遅刻気味でした。
さらに席が一番前の真ん中しかあいていません。
S席−それは、未経験の席でした。
できればこんなときは、万が一のうたた寝に備えこっそりと後ろの方に陣取りたかったのですが、空席は見つかりません。
しかたなくS席に腰をおろすことにしました。
先生は「えっお前いつもは後ろに座るのに今日は前なの?」みたいな顔を一瞬されました。
すかさず私も反撃にでます。
「好きでこんなとこ座ったんじゃねーよ」という顔で−
授業終了まで、あと2時間30分−
ここで私は、持ち前のうっかりを発動してしまいます。
なんと、テキストを持ってくるのを忘れていたのです。
私は思いました。
「うっわあヤッベェ先生にモロばれるやん、どうしよ−」
しかし、この危機を冷静に対処します。
「いやいや待てよ、落ち着け落ち着け、財政学の授業は板書とプリントがメインでテキストはほとんど使わないからばれやしない、気持ちを強く持つんだ」と、自分に言い聞かせて授業にのぞんだのです。
ふっと黒板を見やると、内容が明らかに途中からです。
まさに今日は前回の続きからといった感じでした。
実は前回寝坊で休んだため、何の続きなのか見当もつきません。
ここでこの時の自分のシチュエイションをおさらいしておきましょう。
①激眠、いつでもオチる
②苦手な財政学のうえに、前回欠席でさらに授業わからん
③遅刻&S席に着席による多大なる先生へのインパクト
④テキスト忘れた
先生のマークがいつも以上に厳しいうえに居眠りの要素で満ちあふれています。
つまり、完全な四面楚歌状態となったのです。
心の中のもう一人の自分が言います。
「我が城は完全包囲され、すべての櫓・郭を落とされ残るは本丸のみ。もはやこれまで、殿、お覚悟召されよ」−
しかし、我が軍は、降伏ではなく、徹底抗戦の道を選んだのです。
次々に本丸内になだれ込む睡魔に途中何度も討ち取られそうになりがらもなんとか耐え忍び、前半を終了します。
時刻は午後2時30分、授業終了まで、あと1時間−
休憩後の後半、敵は思いもよらぬ策に打って出ます。
テキストの使用→さらに授業がわかりにくく→居眠り促進という連鎖作戦です。
「オイオイこんな時に限って使うか?」と思いながら、なんとか歯を食いしばり話を聞いて眠るまいと踏ん張りました。
そして、今日の「その時」を迎えることになります。
その時−
平成19年(2007年)1月20日午後3時30分−
授業、一睡もすることなく、無事終了。
まさに我が軍が睡魔の猛攻から耐え抜いた歴史的瞬間でした。
このあと合流したhime氏に寿司を御馳走になります。
サンクスです。
最後に、城を守りぬいた私の言葉でお別れしましょう。今日も「その時翌檜が動いた」ご覧いただいて、ありがとうございました。
後に、この日を振り返った私は、こんな言葉を周囲にもらしていたと言われています。
「ほんに長い一日やった。
いろいろあったが、実にいい日やった。」−