柄にもなく

まじめな話を一つ。おちゃらけは一切ないぞ。言っとくけど。
憶測で滅多なことを言うべきではないが、思うところあって記すことに。


なんでも例の脱線事故に居合わせたJR職員の手記が公開されたとか。(読売NP)
要約すると、事故後、パニックになって上司に連絡したら、出社しろといわれたから
出社した、とのこと。あのとき少しでも救助を手伝っていたら…という自責の念が
思いつづられていた。
あのとき世論は
「冷たい」
「これだけの大惨事だというのに」
と非難されているのが現状のようだ。メディアもそういうスタンスで報じて
いたように見受けられる。


確かに、そのときは、救助すべきだったのだと僕も思う。
ただ、彼らの行動もわかる。組織人としては、妥当な行動をとったんだから。


入社一年目のとき、上司(実に厳しい人だった)に言われたことがある。
「ええかukkari君、ホウレンソウ(報告、連絡、相談)は社会人の常識や。
どんなささいなことでもかならず言うように。」


これに照らし合わすならば、彼らもそのときは動揺しつつもまずは連絡したのだろう。
自分が同じ立場であったときもやっぱり連絡し、言われたとおり出社しただろう。
しかし、なんせ前代未聞の大惨事である。当時は事故の情報も少ない。
電話をもらった会社も「とりあえず出社してくれ。」
くらいにしか答えられんかったんかもしれん。わかんないけど。


孟子』に「惻隠の情」なることばがある。井戸にうっかり落っこちそうな子供が
いたら、とっさに助けようとする心情なんだとか。事故直後、救助に駆けつけた
近所のかたがたは、この惻隠の情みたいなものに駆られたんだろう。

組織の中にいると、ともすると組織中心に物事を考えてしまいがちである。
しかし!たとえ組織のなかにいても、そういう人情みたいなのは、忘れちゃいかんなと、
偉そうなことを書いてしまったが、ほんと、そうなのよ。超痛感した。
まあ実際はもっといろいろ事情あって複雑なんやろうけど。ちょっと思うままを
徒然と。


大事故と知りながらドンチャン騒ぎやらゴルフやらに興じたとかいう話題は、
論ずるに値しないのでカット。


ただね、事故後、職員に悪質な嫌がらせするんは、やっぱいかんよ。胸が痛む。



ともあれ、今は事故にあわれた方々の一日も早いご回復と、なくなられた方の
ご冥福を祈るばかり。